メコン総合研究所
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私とメコン 梅村 香織  2007年5月記

私の「メコンデビュー」は、学生時代に行ったタイである。ほんの数日間ではあったが、北部に住む山岳民族の村を訪ね、村の人々と寝食をともにする機会を得た。私は民族固有の色鮮やかな衣装と村の子供たちのはにかんだ笑顔にすっかり参ってしまった。村の道路はガタガタ、電気も水道もない、住居も草葺の簡素なものであったが、各家は朝日とともに起き、家族と額に汗して農作業をし、日が暮れたら家族と食卓を囲む。そういう生活がとても温かく、魅力的なものに映った。「鶏肉・卵がおかずとして食卓にのぼる→残飯が鶏の餌になる→鶏糞が畑の肥料や魚の餌となる・・・」東京近郊のベッドタウンで長年マンション暮らしをしてきた私は、同地にてはじめて「自然の循環システム」を目の当たりにした。以来、「食べられる物質」に過ぎなかったスーパーのパック詰めのモモ肉に対し、生命の残像を重ねる癖がついた。

タイ北部で文化や生活の差異を肌で感じた一方で、日本に住む私の周囲と同様に、タイ北部にも「良い人間」「普通の人間」「ちょい悪な人間」がいて、日々笑ったり、怒ったり、迷惑をかけたり、かけられたりしながら生活を営んでいた。「水清ければ魚棲まず」ではないが、茶色く濁ったメコン川のごとく、清すぎない、人間臭い人々に親近感を覚えた。以来、アジアの国々を中心に旅行をするようになったが、欧米人に囲まれると微かに感じる疎外感を、アジアで感じることは一切なかった。漠然と「アジア人として、アジアとともに生きてみよう」とその時心に決めた。

現在、仕事では、メコン地域(アジア地域)と情報技術分野での関わりを持っている。メコン地域において情報技術分野に携わる人の多くは、その国の若きエリートである。彼らと接すると、直接口には出さずとも「情報技術で国を発展させていきたい」「国の情報技術を牽引するのは自分だ」という希望や意欲が言動ににじみでていて、日々大いに刺激を受ける。今後はメコン総合研究所のメンバーの一員として、情報技術だけでなく、保健・医療、教育等、様々な分野においてメコン地域の人々と関わっていきたい。そして、日本の人々とメコン地域の人々とが互いに理解を深める機会をたくさん創出していきたいと考えている。