メコンと聞いて真っ先に思い出すもの、それはタイ産のウィスキー「メコン」である。自分が毎日楽しく生きることしか考えていなかった20歳のころ、タイを旅行しながら毎晩「メコン」と共に騒ぎ、挙句の果てに高熱を出して安宿で何日も寝込み、友人に大迷惑をかけた思い出とひと塊となり眼前に浮かぶのが、私の「メコン」初体験である。
その後ここ4年間は、ミャンマーという自分にとって新たなメコンにおいて、母子の健康を支える手伝いに従事している。日本の助産師である私が、ミャンマーの農村女性と健康である術を共に考えるに至った過程は、共時性というキーワードを抜きに語ることはできない。心理学者のC.G.ユングが提唱した概念である共時性とは、人がそれぞれ生きる中で意図せずに出会いあたかも吸い込まれたように時空間を共にするような場合を示している。現在関わる農村の人々だけではなく、偶然の多発による僧侶や元日本兵をはじめ多くの人々との触れ合いを通して気づいたことは2つ―、1つは「利己」と「利他」が同時に存在すること、2つには、そのためには人への限りない信頼に基づく未来像が不可欠であること―である。少し説明すると、自分のためにと始めたことがいつの間にか人にとっても意味あることとなり、結果意図せずとも自分に幸せが返ってくるが、その行動の根底には関係する人々との信頼を前提とした「善きこと」を思い描く努力がなされたかどうかが大切である、と言えるだろうか。
もちろん、人間社会がそのようなきれいごとだけではすまないことを承知の上で、現在の「マイ・メコン」であるミャンマーでの経験から醸成された気持ちを述べたまでである。
エゴの固まりであった初めての「メコン」から15年、自分の中心をなすものに気づかせてくれた新たなメコンの地で、なんちゃって仏教徒の私はミャンマービールを片手に上記のような「自利利他」の精神に思いを馳せる日々を送っている。

